イエスは十字架で磔刑にあった。それは事実だろう。あまりにも革新的な事を預言し、数々の奇跡を行った(とされる)。それは例えば現代の医学の力を持ってしても不可能であり、(目の見えない者が見えるようになるなど)ファリサイ派などの人からすると逆に神を冒涜する行為であった。だが、この時点(マタイ伝 10章 38節) で自分が磔刑に会うと予言出来たろうか?マタイ伝の後半ではあまり人々に奇跡を起こさなくなったという意見もあるが、ともかく自分が磔刑に会うように進んでいったわけではなさそうだ。
私は不思議に思うことが一つあって、それは人々が十字架をネックレスやイアリングにして飾っている事で、それは神の偶像崇拝に当たるのではないか、と言うことだった。ましてや各教会では巨大な十字架を飾り、それには磔刑に会ったキリストの像が飾られている事がある。これは偶像ではないのか?キリスト教は偶像崇拝を禁じているはず。その疑問はある時突然晴れた。人々がネックレスとして飾るのは道具としての十字架。また、教会で飾るのはキリストかもしれないが、キリストは神ではない。神の子かもしれないが、「主」にすぎない。生きていた頃は優れた預言者として扱われた。
ここから先は私自身も混乱しているので、まともではないが、wikipedia のキリスト教 を見て衝撃を受けた。「イエス」は、「ヤハウェ」が救う、という意味だそうだ。ヤハウェは、文語の旧約聖書で見ればわかる通り、神の名前。「エホバ」を読み替えたもの。とするとイエスは神の名の下に数々の奇跡を行ったのか。
イエスが処刑される際言った言葉、「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」とは、ヘブライ語で「神よ、神よ、何ゆえに我を見捨てたもうや」と言う意味で、これはかなり有名な言葉だが、これでイエスは神でないことが立証される。キリスト教は一神教。彼以外に神がいるとすれば彼自身は神でない。
ニーチェの言葉に「神は死んだ」というあまりにも有名な言葉がある。上で書いたように、イエスを神格化する考察・神はイエスそのものだとする考えは一部のキリスト教信仰者でなされるところだが、もしそうならばイエス・キリストはゴルゴダの丘で磔刑(たっけい)にあいあの時死んだのだ。彼が神であれば「神は死んだ」のだ。
神は万能、であればあの時磔刑を回避する方法はいくらでもあったはずだ。旧約聖書を見ると、例えば出エジプト記で、モーゼが数々の試練を受ける時「パロ(ファラオ)の心をかたくなにして」モーゼがエジプトを去ることを拒み、最終的にはファラオの子を重病にしモーゼを去らせた。最後は子供は死んでしまうがその時ファラオは戦車部隊を派遣しモーゼを追ったが、その時モーゼは紅海を2分し民を避難させた。さて、この時モーゼは「神の力で」ファラオを説き伏せる事はいくらでも可能だったろうし、聖書には神がファラオの心をかたくなにした、と記されている。まあ旧約聖書の「出エジプト記」はモーゼが書いたとされておりそうでなくても脚色はあるだろうが、不思議である。
創世記にあるように、神は人を作る際神自身の姿になぞらえて創った、とされる。逆に言えば神は人に似ているのだ。即物的に言うと、空の上雲に乗って人に似た神がいる、と想像した方も多いのではないだろうか。しかし、以上のように考えていくと、神は即物的な物ではなく、思想的な物で、キリストや十字架(のアクセサリー)は救いへのよすが、icon であると言えよう。
日本ではキリスト教があまり普及しておらず、かく言う私も仏教徒だが、陸上競技の開始時十字を切る競技者を見ないだろうか。十字を切る・唱名を唱える・瞑想するなどをすると競技に集中でき、より良い成績が修められるとされている。文献を示せないが、どこかの研究施設でそのような発表があった。
次に不思議なのは、キリスト教はイエス自身が始めた物ではないことだ。イエス自身はキリスト教徒ではなかったとされる。文献を読むと、原始キリスト教は西暦70年ころ確立されたとされる。とすれば、キリスト教を布教・発展させていたのはもっと遅いだろう。ローマ帝国の国教にされたのは392年(原始キリスト教)。
「シオン」は英語で Zion である。英語では「ザイオン」と発音する。エルサレムにある丘で、ユダヤ教の聖地。キリスト教で神の王国、天国、理想郷。映画「マトリックス」で、地球上に残された、人類が住む地方。「ネブカドネザル」は、同じく「マトリックス」で主人公の乗る船。旧約聖書「列王記下」24 章- 1 に出てくる、バビロンの王「ネブカドネツァル」。
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